( 羌瘣 作画引用:原泰久先生 作 キングダム第666話 )
とりあえずキングダム作中、早く一騎討ちまでの3日後まで早く進んでもらいたいところ。
つーか、コイツらの相手は趙軍なんだが、だんだん信達が何と戦ってんのかわからなくなってきてるぞこれ。
いっそのこと礼も趙軍に入って攻めて来たらいいやん。
そうであれば李牧不在の今の趙軍が、それなりに強いだけの多少の理由付けにもなっただろうに。
イヤ、羌礼はもともと短絡的な能天気だからなおさらそんな事は無理か。
今のキングダム本編の姿からとは全く違うが、祭が行われる以前の羌礼は明るくて騒がしいメスガキみたいな感じだった。
羌識はその逆で、特に第56巻のおまけ漫画を見ているととても思慮深い性格で控えめな性格だった。
この辺をしっかり受け止めることが、祭の顛末に関わってくるのじゃないのだろうか?
礼が識を本当に殺してしまったのかによっても、礼のこれからの運命は変わってくると思う。
ではでは来週のキングダムについても予想を進めていきたいと思います。
キングダムネタバレ-一騎討ちの結果と羌カイ剣士引退
勝つか負けるかで言ったら協会勝つに決まってるし、そうじゃなかったら話が次に続かない。
もう楽勝では無いだろうが、羌カイが勝たないことには礼も口も割らんだろう。
そして別に読者にとってみても、この勝負は実態として最強キャラクター決定戦みたいな位置づけではない。
以前から言っている通り、羌カイは剣士としては完全にピークアウトしてるので、今回の一騎打ちをきっかけに最前線の現場などさっさと引退してしまえばいいと思う。
そして、一騎打ちの結果としては、結局は礼を生かすことになると思うので、そのまま駒として使うことになるんだろう。
これで長期的に見て、羌カイが統率者として近い将来に将軍になる下地が整うことになり、ここから5年後に王翦、楊端和と共に邯鄲を包囲する史実ネタバレにつながるだろう。
我呂などは松左の不在以上に、羌カイが調子悪いから飛信隊が連戦連敗になっているなどと言っていたが、よく考えたらそれはおかしいと思う。
だいたい飛信隊にして1万5千人を数える軍隊になっているわけで、それで未だに羌カイの個人武力頼みの部隊だったなら、もう飛信隊は組織などとは呼べない。
コレは信にしても同じで、要所要所で一騎討ちの見せ場があるのは良いにせよ、最近の信は以前とは違ってカナリ精神的に落ち着きを見せ始めている点も踏まえて、神(作者)もそろそろ軍の統率者としての信を描く段階に入ってきているのではないかと考えられる。
長期的な部分まで予想について踏み込んでしまったが、一騎討ちそのものについて話を戻す必要がある。
羌カイが剣士を引退するならば、それに伴い緑穂の宝玉が全壊して器物としての死を迎えることも予想できる。
礼に羌カイがそれなりに追い詰められてしまった場合、彼女を守るために緑穂が自らがキャパオーバーを選ぶ可能性も極めて高いだろう。
キングダムネタバレ-祭を途絶させるにはどしたらいいか?
ここから直近の連載とは関係ないのだが、羌カイも礼も一族の保守文化によって人生の被害を被ってきたことを訴えるのであれば…、
ここらで本気になって、祭を断絶できるのか?という命題についてはっきりと触れていく必要があるのではないか。
その辺、せっかくキングダムと言う作品に出演しているのであるのだから、信が何のために政と志を同じくしているのか?
自分たちの抱えている課題が、どのように飛信隊の活動目的とつながっているのか?
特に羌カイは将軍にもなっていくのだから、こういった戦争のビジョンの部分はしっかりと胆落させていったほうがいいと思う。
余計なお世話だとは思うが、羌瘣にしたって信が何のために天下の大将軍になりたいのか?
その根本的なところがわかってない限りは、ただ単に彼のことが好きと言うだけではうまくやっていく事は難しいんじゃないのかと思うのだ。
いや、マジで余計なお世話っていうのはわかってるんだけどね。苦笑
重ねて振り返ってみても、羌カイは“羌象だったらその分野での一流を目指すだろう“という理由から自分も大将軍になると言う志は抱いている。
しかし、これだけだと信が政と志を重ねたような“大きな公共性“が存在しないのだ。
この点、羌瘣としても祭のような時代錯誤の狂気を一掃するために、大将軍と言うイチ剣士というレベルに収まらない大きな力を手に入れて社会や世の中の方を変えてしまうという目的性をここらで手に入れてたら強力なキャラ成長の動機付けになるかもしれない。
まさか、羌瘣にしたって本気で幽蓮の死体を隠すだけで祭を途絶できると考えてはいなかっただろう。
前回の考察編でも書いたが、あるいは羌カイが万全の状態で計画的に動くことで、蚩尤族の首脳であるババアを順次暗殺していくなどすればいずれは祭を途絶させることも可能かもしれん。
しかし、おそらく蚩尤族側も何人かババアが狩られた時点で対策を講じることになるであろう上に、現役の全部族剣士が対抗してきた場合、彼女1人で真っ向から斬り伏せるのは現実的ではないだろう。
何よりそんなのはキングダム本編とは全く関係ない戦いでもある。
でなんで現実的には、現役の蚩尤と連絡がつく間は祭が実行されないと言う設定なので、このまま礼にはしばらくしっかり生きていてもらって、、その間に羌瘣は大将軍になって圧倒的な力を手に入れる。
んで、蚩尤族の支配領域がどこにあるのかは知らないが、織田軍団が伊賀攻めしたみたいに、羌瘣軍で一気に蚩尤族のアホ連中を滅亡させてしまうのが手っ取り早いんじゃないかと思う。
相手に手練れの蚩尤族剣士が多数いたとしても、一族の全員が戦闘員としての訓練を受けているわけではないことも予想される。
あとは、他部族にも羌明のような祭からの離反者、あるいは少なからず単純に祭文化の恐怖に怯えている者たちもいることを考えれば、彼らの調略を重ねた上に秦国権力内での生活を保障してやり、後に残った分からず屋のババア連中及び保守層を皆殺しにすればいいだけではないか。
羌瘣が大将軍になって自分独自の領地や経済力を持てばコレはカナリ現実的になるであろう。
そして思うに、蚩尤は自らが過酷な運命にさらされて最強の暗殺者に仕立て上げられるわけだが、そこまでやって外の世界に出たときの待遇が結局は暗殺者として時の権力者に利用されるだけと言うのは、なんともちっぽけな扱いでしかない。
結果的に権力者の庇護を受けて一族が繁栄するとも説明されていたが、そんなもん王族側から見れば微々たる対価でしかないワケで、むしろほとんど操り人形同然ではないか。
たったこれだけの話なのに「闇の世界の最強に君臨する存在。」とか歌っているもんだから羌礼もちっぽけに見えるのだ。
今のところキングダムの作中では、蚩尤はもともと巫女さん達の祖先集団が何らかの理由で暗殺者の集団になっていった的な描かれ方しかしてない。
しかしこれを逆に権力者の側から見れば、彼女達の運命は実に作為的な構造物ではないかと推察することも可能だ。
端的に見れば、おそらく古代の権力者が何も知らない巫女さん達を“蠱毒”にかけて暗殺の道具として利用していたのが起源と考える方がむしろ妥当ではないか?
それが殷王朝なのか周王朝なのかは今となってはどうでもいい。
しかし、羌カイがこのまま将軍となり、やがては外の世界の文化や上層階級と関わる中で、外の世界から見た蚩尤の真実を知ることがあるとすれば、おそらくは上記の“蠱毒”こそが彼女たちの歴史の真実ではないのかと私は考える。
また、これらの予想の結果がどうであれ、キングダムと言う作品のテーマが、まさしく世界を変えていった者たちと言う壮大なカタルシスを胸に秘めた作品である以上…、
はっきし言って、作品のヒロインである羌カイがいわゆる“古臭い慣習”にいつまでも縛られていていいはずがないと考えている読者諸兄はきっと多いはずだ。
でなんでさ?
いつまでもこんなところで引っかかってんじゃネェよ!と言いたいわけだ私は。
キングダムネタバレ-羌識はどうなったか?
最後に一騎討ちのアトの彼女たちのアフターフォローについても言及しておく必要があると思う。
羌識がどうなったのか?
祭の顛末について、礼が口を割るのはさすがに協会との勝負が終わってからになると思うので、この手の読者の疑問が明らかにされるのは、次回どころではなく、さらに話の進展を待たねばならんかもしれない。
勝負が終わった後の状況について想像を巡らしてみるに、まあ羌瘣も羌礼も疲労困憊で祭で何があったかなんてお話する余裕なんて無いと思われます。
そりゃ羌瘣だってもともと体調不良から無理やりコンディション合わせてきただけだろうし、羌礼だって羌瘣とガチでやり合えば無事でスマンでしょう。
お互いに、聞きたいコト、言いたいコトがあっても「今日無理、せめて明日にして。」みたいな感じになるんじゃないでしょうか。
で、どういう風に祭の顛末が語られるのは、成行き次第なんですが…、より重要なのは、羌識がどうなったか?
如何なる祭の状況であったかだと思います。
羌瘣とのバトルの先での着地点として、羌礼がこのまま飛信隊内に合流できるかどうかは、ホントに羌礼が羌識を殺してしまったのかどうかは重要な分かれ道になるとおもうんですよね。
この点、冒頭でも書いた通り、祭が行われる以前の羌礼は明るくて騒がしい感じの性格で、羌識はその逆で思慮深い性格で控えめな性格でした。
特に第56巻のおまけ漫画で分かる本来の彼女らの性格をしっかり受け止めることが、祭の顛末に関わってくるのじゃないのだろうか?という点に着目したら、薄ぼんやりと結論が見えてきそうな気がするんですよね。
例えば、幽蓮なんかは興奮したままに、そのままの勢いと流れで生き残った自分の実の妹を刺殺したのかもしれません。
では、羌礼と羌識はどうであったでしょう?
私はこの点について、多分に羌識の方が引くようなマネをしたのではないかと考えます。
第56巻のオマケで羌識が語っていた覚悟というもの、自分が死ぬ覚悟まではしたが、一段と深い意味では“羌礼”を活かすための覚悟であったのではないか?
そのように考えてみました。
外の世界で、悪いヤツをやっつける。そして子犬を飼ってみたい。
もちろん羌識だって外の世界でやってみたいコトなど沢山あったに違いありません。
しかし、ここで彼女の性格を慮ってみれば、多分に羌識はその生存を羌礼に譲っても良いと考えられるような人物ではないかと思えてきます。
もしかしたら、長い巫舞族の歴史の中、同じような覚悟の元で仲間に生存を託して死んでいった剣士も多くいたであろうと思われます。
例えば93話でかつて羌瘣が覚悟を決めていたように、羌識もま羌礼と対するまでに力尽きるまで他の剣士を斬って羌礼の負担を軽減することだけに死力を尽くして逝ってのかもしれません。
あるいは、本当に羌礼と羌識の二人までが残って、最期のほぼ同時のキメの一振りで識だけが寸止めで剣を止めて礼を生かしたのかもしれません。
最強の蚩尤を生み出すとか言っても、祭のシステムって最悪に不効率ですから、実際には全員相打ちとか、生き残っても致命傷が残ってて、結局全員が死亡したみたいなパターンの祭とかありそうですからね。
勿論、礼も相当な使い手ですから、識が手加減をしたのならばそれには気がつくハズです。
この羌識の手心が働いた結果として、事実として礼は識を殺めてしまったが、自身が識に救われた事実の実感が伴っている為に、辛うじて蚩尤になり切れなくなってしまっているなどと考えるコトは出来ないでしょうか?
どんな形であれ、次回のキングダムを心して待ちたいと思います。
…次回のキングダム667話を。
ってオイ??
次回のキングダム、別に休載ってワケじゃないんだけどさ?
ヤンジャンが合併号だと??
いきなり休み過ぎ~~~!!(怒)
― キングダムネタバレ最新667話 以上 ―
次回もこの先の展開について、キングダムネタバレ予想をすすめていきたいと思います。
皆さんの予想やコメントもいただけると嬉しいです。どうぞお気軽に。