キングダム871話を読んでいて、今回の戦いの本質はどこにあるのかと考えた時、私はまず最初に、蒙恬の動きから整理すべきだと思いました。
今回の戦場は、単純に「どこが先に敵陣を抜くか」という話ではありません。むしろ重要なのは、誰が誰をその場に縫い付けるのかです。871話では、三軍団連合による突破攻撃が本格的に動き出し、蒙恬がその言い出しっぺとして、飛信隊・羌瘣側にも「本日突破」の機運を共有させる流れが描かれています。
つまり今回の作戦は、三軍が同時にそれぞれ勝つことそれ自体が目的なのではなく、
三軍がそれぞれ別の敵を拘束し、その拘束の連鎖によって一か所の突破を成立させること
が本質なのです。
その意味で、まず最初に見るべきは楽華軍の役割です。
蒙恬は骨珉伯軍を抜くことだけを考えて前に出ているわけではないでしょう。もちろん、目の前の敵将を破ることは必要です。しかし、それ以上に大きいのは、その先に控える李牧さん直下軍を戦場に引きずり出し、李牧さん本人をその場に固定することです。元記事でも、骨珉伯はこれまでも何度か蒙恬に抜かれ、そのたびに李牧さん直下軍の支援を受けていたこと、今回はその代替として馬南慈側に援軍を求めたらしい構図が整理されています。
ここが重要です。
骨珉伯軍は、もはや単独では蒙恬を受け止めきれない。だからこそ本来なら、李牧さん側のバックアップが必要になる。しかし、もし今回、蒙恬が強引に圧力をかけて李牧さん直下軍との対峙にまで持ち込めば、その瞬間に李牧さんは「全戦線の司令官」ではなく、「自分の正面を処理せねばならない現場指揮官」に変わります。
これが、今回の全体構想の起点ではないでしょうか。
李牧さんの最大の強みは、どこか一か所で無双する武力ではなく、複数戦線を見渡して、必要な場所に必要な支援を落とし込める広域統制にあります。逆に言えば、李牧さんを現場に縫い付けてしまえば、趙軍の最大性能は大きく落ちるのです。
だからこそ蒙恬は、ただ突破役では終わりません。
彼の後半の役割は、李牧さんを救援不能の位置に固定することにあります。
そして、この蒙恬の役割が成立して初めて、羌瘣戦線の突破が意味を持ちます。
871話では、羌瘣が自軍中央を厚くし、羌礼を本陣に呼び戻し、予備隊まで集めて、一撃の突破力を最大化させようとしている様子が細かく描かれていました。
この準備の丁寧さを見る限り、羌瘣側の戦場は「なんとなく頑張る」場面ではなく、最初から明確にここで抜くことを想定した設計です。
もっとも、相手はキスイです。
守備の将として見れば、やはり厄介です。真正面から押し切るだけなら簡単ではない。実際、元記事でも、羌瘣があれだけ準備していてもキスイ軍突破は容易ではないこと、防衛戦である以上、趙側も当然それに備えた布陣を敷いていることが触れられています。
だからここで必要になるのが、洛亜章です。
今回、洛亜章の役割を単なる「若手の見せ場」として見るのは、少し浅いと思います。
彼の仕事は、羌瘣の代わりに危険地帯へ突っ込んで死闘を演じることではありますが、その本質はもっと知的です。
彼は父・洛亜完直伝の、あの俯瞰誘導戦術をここで使うはずです。
洛亜完といえば、平地の戦場にいながら全体の流れを立体的に捉え、敵の進行と味方の動線を読んだうえで、局所的なズレを全体崩壊へ接続していくタイプの武将でした。騰すら苦しめたあの感覚を、息子の洛亜章が継承しているなら、今回の配置はまさに彼のためにあるような盤面です。
相手はキスイと馬呈。
こちらは羌瘣に先行突破をさせたい。
そして自分は、羌瘣が抜けるための「数歩ぶんの歪み」を敵陣に発生させればいい。
これ、洛亜章にとっては、武力で押し潰す戦いではなく、
敵の視線と足をズラす戦い
なんですよね。
馬呈は当初、完全になめています。
「ガキを殺したくはないが、戦争だ、仕方がねえ。」
くらいの感じで入ってくるはずです。つまり若手一人、多少暴れたところで押し潰せると思っている。ところが洛亜章は、その慢心を逆に利用するでしょう。
あえて隙を見せる。
あえて追わせる。
わずかに退き、わずかに逃げる。
しかし、それは逃走ではなく誘導です。
すると馬呈はだんだん熱くなる。
「クッソ餓鬼! ちょこまか逃げんじゃねーー!!」
と、完全に自分の感情で動き始める。
その瞬間、俯瞰で見ている洛亜章の勝ちです。
キスイだけは途中で気づくでしょう。
「やめろ、馬呈! そいつの誘導に乗るな!!」
と制止する。しかし、おそらくもう遅い。
ここで洛亜章の空間認識能力が炸裂します。
彼は単に目の前の馬呈を見ているのではありません。
キスイの位置、馬呈の突進角度、自軍の圧迫のされ方、そして何より、羌瘣がどのルートで抜けるべきか、その進行線まで含めて読んでいるはずです。
つまり洛亜章は、敵将二人を相手にしていながら、実際には戦場全体を見ている。
目の前の一騎打ちめいた攻防の裏で、彼は
「羌瘣が通るための道」を、敵陣の形を崩して作っている
わけです。
その結果として起きるのは、横陣の自壊です。
馬呈が前に出過ぎる。
キスイが止めようとしてラインが引っ張られる。
横陣の圧が均一でなくなる。
そこを見逃す羌瘣ではありません。
羌瘣軍は、そのわずかな裂け目を一気に貫く。
この突破は、単なる武力突破ではなく、
洛亜章が事前に作った歪みを、羌瘣が最大火力で貫通する連携突破
として描かれるはずです。
ここで戦場は一気に繋がります。
中央では蒙恬が李牧さんを固定する。
片翼では洛亜章がキスイ・馬呈を引きつけて横陣を崩す。
その結果、羌瘣が飛信隊と楽華軍の中間地帯へ抜ける。
さらに飛信隊側では、時間差投入された旧韓軍、いわゆるヨコヨコ勢が趙ネギ軍を抑え、飛信隊本体の自由度を上げる。
ここまで来ると、今回の作戦の骨格が見えます。
これは単なる三方面同時攻撃ではなく、
「三軍同期によって李牧さんを孤立させる戦略」
です。
蒙恬が李牧さんを固定。
羌瘣が中間突破。
ヨコヨコが趙ネギを抑制。
その間に飛信隊が前に出る。
そうなると、飛信隊の相手は誰か。
フテイ軍とカイネ軍、そして例のモブ若手軍師です。
……で、ここからは少し真顔でツッコミたいところなのですが、
飛信隊がこの無名軍師に苦しめられている構図、やはり相当に不条理です。
いや、百歩譲って、李牧さんが秘密裏に弟子軍師を育てていた、という設定自体はよしとしましょう。防衛戦用の知将を温存していた、という理屈も、まあギリギリ飲み込めます。
しかし、それなら逆に言いたい。
そんなに優秀なら、今まで何をしていたのですか。
趙がここまで追い込まれて、王都直下の存亡戦になってから急に出てくるのは、どう考えても遅い。
しかもその軍師が、飛信隊を相手にかなりの劣勢を強いるとなると、なおさらです。だったら李牧さん、今までご自身が直下軍を率いて、あちこちの戦線のバックアップに走っていたのは何だったのか、という話になります。
国家存亡の瀬戸際に、「実はいました」と後出しされる弟子軍師。
人材育成計画としては、かなり無茶苦茶です。
そして、もう一つのツッコミどころが、フテイとカイネです。
お前たち、それでいいのか、と。
二人とも、長年にわたって李牧さんの側近としてやってきたはずです。
現場経験もあり、修羅場も見てきた。
にもかかわらず、突如出てきた若手軍師に指揮権を握られて、その下で普通に動いている。
いやいや、そこは少しくらい
「その指示、本当に現場を見ていますか?」
とか、
「こっちはずっと李牧さんの下で戦ってきたんだが?」
みたいな顔をしてもいいでしょう。
それがまるでない。
ということは、これ、かなり身も蓋もない言い方をすると、
李牧さん、フテイとカイネをほとんど信用していないのでは?
という皮肉すら成立してしまいます。
もちろん実際には、物語上、飛信隊を少し足止めしたいからそうなっているのでしょう。
主役の李信まで最初から爆走してしまうと、洛亜章・羌瘣・蒙恬の見せ場が薄くなる。だからこそ今回は、李信はいったんメタ的不条理を我慢し、モブ若手軍師相手に「なぜか苦戦する主人公」を引き受けている。
この理解が、一番しっくりきます。
ただ、その停滞には意味があります。
飛信隊が今ここで無理やり抑えられているのは、後で一気に解放するためです。
羌瘣が抜ける。
蒙恬が李牧さんを固定する。
ヨコヨコが趙ネギを抑える。
李牧さんはどこにも助けに行けない。
そこでようやく飛信隊が、フテイ軍とカイネ軍を飲み込む。
この流れまで行けば、蒙恬が構想した
三軍同期戦略
は完成です。
次回の見どころは明確でしょう。
まず、蒙恬が本当に李牧さんをその場に縫い付けられるか。
次に、洛亜章の俯瞰誘導がどこまでキスイと馬呈を振り回せるか。
そして最後に、抑えつけられていた飛信隊が、どのタイミングで茶番を突破して本来の火力を出すか。
私はやはり、今回の主役は最初から李信ではないと思っています。
最初に戦局を動かすのは蒙恬であり、その構図を現場レベルで完成させるのが洛亜章と羌瘣です。
そのうえで最後に、飛信隊が遅れて解放される。
この順番で進むなら、今回の戦場はかなり綺麗に繋がります。